愛犬と登山 パピヨンと高山200回以上の教訓
  富士山のゴミと世界遺産 
                        誰がゴミの山にした?
 
朗報!
富士山が世界遺産に登録される見通しになったと2013年4月30日に報道があった。
この記事を書いてちょうど10年目になる。祝杯だ。
 
要旨 富士山は世界一のゴミの山。世界遺産指定は夢のまた夢。観光業者の横着と行政の怠慢のせい。ゴミ持ち帰り運動の悪用。にわか登山客はゴミは捨てる。尾瀬の山小屋は30トンも捨てた。川苔山の山小屋も空き缶を大量に捨てた。
 責任転嫁をせず、根本対策を。
 富士山は我が国が世界に誇る数少ない山の一つだ。ところが国際的には世界で最もゴミの多い山と酷評されている。ユネスコの現地調査員は、そのことを確認しに来日したようだ。
 世界自然遺産の指定を受けようと、246万人の署名を集めた運動があったが、その願いは夢のまた夢と実現されそうにない。
 2003年5月27日、日本の世界自然遺産の候補地に、知床、小笠原諸島、琉球諸島が選定され、最終的には知床がユネスコに推薦された(2004.1.30)。富士山は候補地にさえならないのだ。
なぜ、そんなことになってしまったのか。
 観光業者の傲慢横着と行政の癒着怠慢が原因だ。
 
 《富士山にはゴミ箱がありません。必ずゴミは持ち帰りましょう。》との掲示がある。登山ル−ル、マナ−としては当然のように思える。しかし、よく考えるとおかしい。
 
 富士箱根伊豆国立公園の伊豆半島を登山ではなく、愛犬と愛車で観光旅行したことがある。そこで、富士山と同じような目にあった。観光店で食べ物や飲み物を買う。食事を終わり、ゴミを捨てようと、辺りを見回すと、《ゴミはお持ち帰りください》の掲示が目に入る。
 ゴミを手に持ったまま、「?」と思う。キツネにつままれたような気になる。
 
 伊豆半島全体が、そうであった。車の中にゴミが沢山たまった。静岡県で発生したゴミを、なぜ、東京に持ち帰らなければならないのかと、身勝手なゴミ持ち帰り運動に、帰宅後も割り切れない思いがが残った。観光業者の非常識な傲慢横着の実態だ。
 新幹線で駅弁を食べた後に、あるいは、マクドナルドでハンバ−ガ−を食べた後に、「ゴミはお持ち帰りください。」と言われたら、客は、どう対応するだろうか。
 伊豆半島の観光業者は社会的常識が欠如している。まともな社会人ではない。それを放任している行政も、まともではない。どこか、何かが狂っている。
 
 富士山だけでなく、他の観光地化した山でも、店先に《ゴミは持ち帰りましょう》の掲示を見かけることがある。それが登山のル−ル、マナ−ですと付け加えてある所もある。当初は素直に受け入れた。下山時に、ビニ−ル袋一杯のゴミを拾って帰ることもあった。
 
 しかし、伊豆半島のゴミ持ち帰りと富士山の多量のゴミの山を見てからは、素直になりにくい。観光業者に模範的な登山者だと、おだてられたいのかと、自問自答したいような気になる。観光業者のあつかましい魂胆が透けて見えてくると、自然を大切にするという素直な気持では、ゴミを拾って集められなくなる。
 観光地化してない自分の好きな山では、山に感謝しながら、ひとり、素直に拾って帰るのに、観光旅行バスが乗り込んでくるような山では、その気になれない。捨てもしないが、拾いもしない。捨てる人が多くなると、年を経る毎にゴミは山となる。
 観光登山業者は登山客のマナ−が悪いせいだといって、、自分達で回収廃棄する気はないようだ。
 
 富士山を「世界で最もゴミの多い山」と悪名を付けさせたのは、利益優先の観光業者と職務怠慢の行政だ。業者と行政の癒着機能不全構造がゴミの山を作り出しているのだ。観光業者の傲慢横着な営業方針とそれを管理指導する日本の行政姿勢は世界には通用しないと言うことだ。欧米から、日本企業がエコノミック・アニマルと酷評されたことを想起する。
 最近、収益追求だけでなく、社会的責任にも配慮する企業経営のあり方が欧米を中心に広がりつつあり、それが投資家の投資指針の一つにもなっているとのこと。牛肉偽装事件で雪印食品は解散し、日本ハムの株価は暴落した。
 
 《ゴミは持ち帰りましょう》という登山のル−ル、マナ−を悪用した観光業者の横暴が続く限り、富士山はゴミの山という汚名を返上することはできない。登山者トイレの糞尿の垂れ流しも禁止しないと、世界遺産指定は夢まぼろしと消える。観光登山業者は社会的責任感がなさすぎる。
 
 富士山で最も多く目についたゴミは金剛杖に縛って売られているだ。金剛杖は単なる木の棒だ。約1000円で、いかにも高い。そこで、ご利益のありそうな縁起物の鈴を付ける。それも安物の鉄製の錫メッキ品だ。
 金剛杖には一回200〜300円の焼き印を各山小屋で押してもらうと、杖代も含め約3000円になる。杖としても使いやすし、記念品にもなる。 しかし、鈴は音も良くないので、邪魔になる。
 山小屋にゴミ箱があれば、それに入れるが、ゴミは自宅まで持ち帰れとのことなので、馬鹿馬鹿しいと思う人は、岩陰などに捨てる。それが山になる。山小屋で買った飲み物の空き缶やペットボトルも捨てられる。ゴミの山があちこちの岩陰にできる。緑のない砂礫帯のせいか、ゴミだけが眼中に飛び込んでくる。廃棄物捨て場に迷い込んだような錯覚になる。
  
 そんな富士山で平成8年から、自分の糞尿は携帯トイレで、自宅に持ち帰れという運動をしたそうだ。観光業者と観光行政の役人の企画魂胆は、やはり、どこか、何かが狂っている。良識が欠如していて、正常な思考ができないようだ。金儲けと賄賂接待に麻痺している。
 登山者に義務付けると、観光客が激減するからと、中止になったとのこと。
 
 観光業者の考えている商売は、山へ来る人は金だけをおいて行け。それ以外はすべて持ち帰れと言うことらしい。登山者の身になって物事を考え、問題の解決を図ろうとする姿勢がないのだ。お客さんへのサ−ビスなんて考えてみたこともなさそうだ。
賄賂接待付け届けの好きな役人と結託した癒着商売なのだ。
 ゴミ拾い運動をしているのは、純粋なボランテァだ。
 
 富士山山頂にある郵便局も自動販売機も、世界自然遺産には似合わない。街の利便性を山頂にまで持ち込んで、何が「自然」なのだ。行政の感覚がおかしい。

 希少な山野草の豊富な国立公園の尾瀬で、山の奥まで携帯電話が使用できるようにしようとの動きがあった。山の「自然」が失われるのをおそれた人々の反対で、妥協が成立し、バスの発着する終点に、その中継基地が設置された。
 観光業者にとって、「自然」は飯の種にすぎず、壊れても、やむをえないと思っているのだ。山奥での電話会話は電車内での携帯電話と同じで異様な現象だということがわかってない。金儲けに腐心するあまり、脳の思考中枢が麻痺し、社会良識が欠落しているのだ。
 
 その尾瀬の国立公園内で、昨年(02年)5月に、観光業者の大量の不法投棄が発覚した。尾瀬の山小屋の歴史的老舗[長蔵(ちょうぞう)小屋]が、20年以上も廃棄物を不法投棄していたのだ。山小屋の増改築の廃材やプレスした空き缶など総量20トンとも30トンとも報道されてる。一度に発覚したのではなく、長蔵小屋から、「他に不法投棄のゴミはありません。」と謝罪文書が出された後に、警察の現場検証で、何度も多量のゴミが掘り出されたとのこと。
 
 登山愛好家にショックを与えた。山の自然を大切にしようとの呼びかけに応じて、尾瀬のゴミ拾いのボランテァに参加した人も多い。裏切られたとの思いも強いだろう。
 
 その土地敷地は国有地で、長蔵小屋に貸与されたものだ。そこで、大きな山小屋が増改築され、廃材が地中に埋められたのだ。その隣接地には「環境省ビジタ−センタ−」がある。管理指導する立場の人達がいる。常駐している「尾瀬保護財団」の職員も、不法投棄の不法行為を20年間も、「全く知らなかった。」とのこと。

 黙認と言うより、共犯だ。ピストルを携帯した制服警官が、押し込み強盗の犯行現場に立っていて、「全く知らなかった。」と言うことと同じだ。もし、そんな警官がいたら、即刻、懲戒処分にするのは当然と思うのが国民感情だ。
 しかし、環境省や尾瀬保護財団の職人には、お咎めはなさそうだ。
職務怠慢であることは間違いない。何故、処罰されないのだ。
環境省は、そいう体質の役所なのか。 
 癒着賄賂は立証されなければ、無罪だ。しかし、国民は無罪放免とは思ってない。

 2004年2月、長蔵小屋の不法投棄に判決がでた。「自然保護に対する背信行為で、社会に与えた影響も大きい」として、長蔵小屋に罰金120万円、責任者2人に懲役5ヶ月、執行猶予2年が言い渡された。


 2004年8月7日、その日光国立公園・尾瀬の見晴地区にある山小屋2軒がゴミの不法焼却で福島県警の取り調べを受けている(読売新聞2004/8/6)。弥四郎小屋と檜枝岐小屋だ。
両小屋の経営者が廃棄物処理法違反で書類送検された(2005/1/20 毎日新聞)。

 「尾瀬保護財団」のような「××保護財団」や類似の団体が各観光地にある。いったい、何を保護する財団だ。「観光登山業者利益保護財団」と改名した方が名称と実態が一致し、国民は理解しやすい。

 そのあやしげな「××保護財団」は、観光登山業者の犬の入山禁止を後押ししている。法律に違反して国民の権利を制限しているとして告訴されたら、敗訴するのは明らかだ。
 犬の入山を禁止する法律はない。犬は自然環境を破壊したこともない。
 あるというなら、実証された証拠の提示を求める。
証拠もないのに犯人扱いするのは、偽善者が自らの自然破壊行為を隠すためのカムフラ−ジュだ。詭弁だ。名誉毀損で、犬に代わって、告訴したい思いだ。
 
 別項愛犬と登山の法律 国立公園犬は入山禁止?に環境省の法律に基づかない恣意的な行政指導について論及してある。
   
 東京都奥多摩に川苔山(1364m 標識には川乗山とあるが、地元の人は川苔山と言う。)という標高差1000mの人気のある山がある。秩父多摩甲斐国立公園のなかにあり、日帰りに向いているので、ケ−ブルカ−のある大岳山(1266m)と人気を二分している。
 その山頂近くに、すでに廃業して久しい廃屋のような小さな山小屋がある。その直近の急斜面で、10人前後の男性が空き缶などのゴミを集めていた。自分自身も、よくゴミ拾いをして下山したことのある山なので、仲間ができたと喜んだ。
 「ボランテァですか。」と声をかけた。「ボランテァで処理できる量ではない。」との返事。確かにそうだ。大型トラックに積むほど、黒のゴミ袋が山積みされている。
昔、営業していた山小屋の廃棄物を税金で処理しているのだ。
手伝おうと思っていたが、唖然として、しばらく眺めていた。
 
 富士山も尾瀬も川苔山も、観光業者のしていることは同じなのだ。登山客から、金を受け取ったら、ゴミは山に捨ててもかまわないと思っているのだ。物を売った者の責任として、自分達もゴミの適正な処理をしようとは思ってないようだ。そういう人達ほど、犬は自然環境を破壊するから、入山禁止という。
 
 登山のマナ−を素直に守れるのは、山がほんとに好きな人達だけだ。観光バスに乗って、にわか仕立ての登山装備で入山する一過性の観光登山客全員に、「ゴミはお持ち帰りください。」と強要しているのが問題だ。それを解決しない限り、富士山はいつまでもゴミの山だ。
 
 富士山の世界遺産指定問題で、観光業者や行政が、山の自然環境保護のため、犬の入山を禁止するというようなカムフラ−ジュの詭弁を弄するようになったら、おしまいである。世界自然遺産登録は夢のまた夢と終わる。
 観光業者自身が山の自然環境破壊者だと言うことを認識し、その対策をとらない限り、山は復元しない。世界自然遺産指定も受けられない。
 富士山だけでなく、他の観光地の山も同様だ。

 富士山の端麗な勇姿を見るために、多くの登山者が、その周辺の高山に登る。
その山頂から見る真冬の澄み切った空にそびえる秀麗な富士山は神々しく荘厳だ。
その富士山を日本人の誇りとして世界自然遺産に登録できないものかと切に思う。

 愛犬との登山時の参考事項
 富士山の五合目以上は砂礫帯であり、その砂礫は犬の足を切り、血だらけにします。二回目の登山時は、ゴム付き軍手の指先で、パピヨンの靴を作りましたが、2時間ほどで穴が開きます。火山の山でない他の山ではその靴は破れません。
富士山の砂礫は細かいガラスのようなものです。
 三回目は、工業用のゴム手袋を材料にしたところ、大丈夫でした。
なお、富士山の山小屋に飼われている秋田犬は靴は履いていません。慣れなのでしょう。
 


 別項愛犬登山技術 高山登山200回以上の教訓に、その他の参考事項があります。
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